私たち夫婦は、くつろぐ場所にお金をかけることが多いです。
とくに「画面」が好きで、お金のない新婚当初から、テレビは生活の割にイイものだったように思います。
いえいえ、もちろん、世間一般からしたら特別にいいものじゃないと思いますが、それでも、月末に財布の中を覗き込んでいた私たちの生活水準からすれば、結構奮発したように思います。
今も、居間や寝室のくつろぎの空間はちょっと贅沢しています。
極端な言い方ですが、私たち夫婦にとって、デジタルの時代に小さなブラウン管テレビはあり得ない代物なんです。
そんな風に書いてしまうと、傲慢に思われるかもしれませんが、ほかのことは始末しても、生活が困らない範囲で贅沢できるならしたいことって、それぞれ違うと思うんですね。
その代わりと言ってはなんですが、旅行には興味がなくて、結婚して27年、殆ど県外に出ることもなく過ごしています。
「旅行」と名のつくものに殆どお金をかけた覚えがありません。
「テレビは見れたらいいんだから、それよりいろんなところに行って、人生を謳歌しなくちゃ!」っていう方もいらっしゃると思います。
結局、人それぞれなんですよね。
何に一番お金を費やすか、その占める割合は、その人の価値観にも大きく左右されるんじゃないでしょうか?
でも、いくら使っても困らないだけあるなら、旅行も、もしかしたら楽しんでいたかもしれません。
だけど、限りある収入の中であれもこれも思うように使えるわけではないので、何かは我慢しなきゃならないのが、普通の家庭だと思います。
20代のときは、本当に収入が少なくて(めれさんゴメン)、それなのに、訳あって二人の子供を私立の幼稚園に通わせていたので、その頃が一番大変でした。
自分の服や靴を買う余裕もなかったし、たまに服を買おうとすると、何を買ったらいいのか解からなかったり。
もともとオシャレ好きだったはずなのに、私はどうなっていくんだろうとちょっと不安になったりもしました。
それでも、子供には毛玉のついた衣類は絶対着せないことと、靴は成長に合わせて運動しやすいものを履かせること。私にとって、この2点は何を始末しても譲れないものでした。
こんなこと、今時当たり前のことなのかもしれません。
それでも、幼稚園へお迎えに行くと、お母さんが良い服着て、髪もきれいに染められていて、いかにもお金がかかっていそうなのに、子供は小さめの靴や破れた靴、毛玉だらけのセーターを着ている姿もありました。
だけど、子供自身が毛玉の服を気にしているかどうかわかりませんし、母親が素敵な服でいるのは嬉しいでしょうし。
やっぱりそれも価値観の違いで、私は私の価値観で、そうしたいからそうしていただけです。
限られた予算の中で、何に使えば自分の心が喜ぶか、どれなら我慢できるか、人それぞれです。
だけど、お金を費やしないことが自分の中で、2番目とかそういうことではないんですよね。
結婚を例にあげても、結婚式か、その後の生活か。
どちらも余裕でできる方もいるでしょうけれど、もしも二者択一を迫られるとしたら、私たち夫婦は、揃って後者です。
まぁ、私たちのときはどちらも最低限でしたが。^_^;
結婚式を盛大にする人が結婚そのものをすごく厳粛だと感じて、それに比例してお金をかけているかといえば、それは当てはまらないような気がしますし、反対にシンプルにした人が軽く考えているかと言えば、それもまったく当てはまりません。
お金を掛けることが思いの強さにつながるということではないと思うし、又場合によっては、むしろ心を重んじるとお金が邪魔になる場合もありますし、マイナスの作用をすることがあるのも事実です。
そういうことも踏まえて、どう使うか。。。
まぁ、結局、人は様々ってことで。^_^;